奇跡の水

「奇跡の水」特集号
 昭和52年4月25日発行の神慈秀明会機関誌「楽苑」は、「奇跡の水」特集号だ。
 当時、神慈秀明会は滋賀県信楽町に新しい神殿を建設しようとして非常に活発に活動していた時期である。
 この「奇跡の水」特集号は、B6判280ページの本であるが、巻頭には会主・小山美秀子が自らの体験談(しっかり医者にかかっている!)を交えて「奇跡の水」の効用を述べ、それに続いて当時会長であった小山荘吉(昭和59年死去)が、フランス北西部にある「ルルドの泉」を紹介しながら秀明会の「奇跡の水」について述べている。
 これらの文章に続けて、秀明会幹部による「奇跡の水」に関する座談会の様子が紹介され、その後は信者から寄せられたとする「奇跡の水・おかげ話」が500件以上延々と続いている。
 フランスの「ルルドの泉」に関する解説ページへのリンクが、このページの一番下にあるので、ルルドの泉について詳しく知りたい方は見て頂きたい。

京都支部の「みたらし」
 ご存じない方のために、神慈秀明会の「奇跡の水」について簡単に説明すると、秀明会の京都支部(左京区鹿ヶ谷)には、「みたらし」と呼ばれる手洗い場がある。どこの神社に行っても、参拝前に手を清めたり口をゆすいだりする「御手洗(みたらい)」があるが、これと同じものである。秀明会京都支部のものは、直径2メートル程の円形の手洗い場であるが、この水を飲んだり、身体につけたりした信者に「奇跡」が頻発しているそうで、秀明会ではこれを「奇跡の水」と称している。
 この「奇跡の水特集号」に満載された500件以上の「おかげ話」が、プラシーボ効果や自然治癒ではなく、この水が持つ特別の治癒効果によってもたらされたとするならば、秀明会の「奇跡の水」は万病に効き、現代医学を凌駕するものと思われる。
 新しいもの好きの日本のテレビ局に連絡すれば、すぐに特番を組んで放送してくれるかも知れない!?

プラシーボ効果に対する対応
 本場フランスのルルドの泉では奇跡が66(秀明では62としているが、66が正しい)で止まっているが、それはルルドでは厳密な判定基準が設けられており、プラシーボ効果による治癒や自然治癒を奇跡と見誤らないように非常に厳しい判定をしているためである。しかし、秀明会の「奇跡」は本人申告制となっており、信者が「これは奇跡だ」と思えば全て「奇跡」と認定している。プラシーボ効果による治癒や自然治癒を「奇跡」と混同しないようにする配慮は一切されていない。
 「奇跡の水特集号」に掲載された「奇跡」には、プラシーボ効果や自然治癒しただけのものを「奇跡」と受けとめていると思われるものも多数あり、こんなものを「奇跡」だと大騒ぎして機関誌に掲載したため、秀明会というカルトの程度の低さを人々に知らしめる結果となっている。
 中には、笑ってしまうような「奇跡」を報告している者も多数あり、秀明会もこうした本にして出版する以上は、もう少し内容を吟味し、掲載する原稿を取捨選択した上で掲載した方が「奇跡」の質を保つことができたであろうに、あまりにもなんでもかでも掲載したために、ありがたさよりもバカバカしさの方が表面にでてしまった内容となっている。
 しかし、秀明会の教えを信じている純朴な人がこれを見ると、「奇跡のシャワー効果」が働き、「これだけ奇跡が多いのだから、明主様のお力は本当にすごい!」と思ってしまう「思考停止」が起きる場合もあるので、ばかばかしいとあなどってばかりもいられない(「奇跡のシャワー効果」については「カルトテクニック」の「奇跡体験」の項を参照願いたい)。
 秀明会の「奇跡の水」を入れるための専用の容器(写真)も用意されており、この専用容器は他の「秀明グッズ」同様、「豊和商事」(小山家の同族企業)が1本3,000円で販売している。初期の頃は適当な空き瓶などに入れて持ち帰ることが許されていたが、徐々に取り扱いが厳格となり、「奇跡の水(聖水)」は専用の瓶に入れなければならないということになった。そしてこの水を汲む際には、「聖水御玉串料」というものがあり1,000円とされている。この玉串料も初期の頃は、してもしなくてもいいとされ、任意だったが、だんだん厳格化して、今は必須とされているらしい。

 本場の「ルルドの泉」では奇跡の判定基準が非常に厳しいため、奇跡が66で止まった形となっているが、そのことは一切説明せず、「ルルドの泉は奇跡が62(正しくは66)で止まってしまったが、秀明のみたらしでは数え切れないほど奇跡が頻発している」と自慢しているあたりは、自分たちに都合の悪いことは隠し、アピールできる点だけをことさら強調するという、いつもの秀明流である。「ルルドの泉」での「奇跡判定基準」については解説ページの資料を参照して頂きたいが、「ルルドの泉」で実施されている厳しい基準でこの本に記載されている五百数十件の「奇跡」を検証した時、「奇跡」として認められるものは残るのであろうか・・・?
 私に言わせれば、秀明の「奇跡の水特集号」は、プラシーボ効果の報告書としては興味深いものがあり、昔から「鰯の頭も信心から」等と言われてきたが、ただの水道水でも、「この水には御利益がある」と暗示を与えられると、人はここまで影響を受けるものかとプラシーボ効果の大きさには感心させられた。

実は、ただの水道水
 京都支部の「みたらし」の水が京都市の水道水であることが「奇跡の水特集号」に書かれていたのには少々驚いた。これだけ「ルルドの泉」にも負けない「奇跡」が頻発しているという以上は、何か特殊なわき水だとでも言うのかと思っていたら、この特集号の中で「教学室・松下喜代子」と名乗る幹部が、「・・・とにかく世間がうるさい。水道の水なら文句の付けようがなかろう」と述べている部分があり、京都支部のみたらしの水は京都市の水道水であることを自ら認めている。
 つまり、「奇跡の水特集号」に記載された500件以上の「奇跡」は、全て京都市の水道水によってもたらされたのである。
 これを聞いたら京都市水道局もさぞかしビックリすることであろう。なにしろ、この「みたらし」で出る水道水は時として「金色の水」が出たり、ある時は「金粉」がわき出したり、長年患っていた病気がたちどころに治る治療効果があるのだから、この水道水には何か得体の知れないものが混入しているのかも知れない・・?!(笑)。京都市水道局は、すぐに水質検査に行った方がいいかも知れない(笑)。
 この「奇跡の水」を飲んだけれど、それはただのかび臭い水で、全く「効き目」はなかったという元・信者からの報告もこちらには届いているが、こうした「御利益否定話」は秀明内部では御法度である。

滋賀県の新「みたらし」
 この後、神慈秀明会では滋賀県信楽町に信者から収奪した金で「教祖殿」という名の神殿を建設したが、ここにも新たな「みたらし」が建設された。この新しい「みたらし」は彫刻家・流政之氏が設計した階段状のもので、京都支部のものと比較するとかなり大規模なものである。この新「みたらし」は「雲が滝」と命名され、昭和58年5月1日に通水式が行われ、それ以来大津市の水道水を循環して流している。
 この新みたらし建設に携わった建設会社の方が後に証言しているが、ここに流している水は地元信楽町の水道ではなく、大津市の水道水を流しているとのことである。流し続けるだけでは水道料が嵩んでしまうので、下流に流された水はポンプで汲み上げられ、上流に戻し、濾過装置等を通した後、再び上流から流し、不足分の水は大津市の水道水を補給する、「循環式」になっているとのことである。

「奇跡」が起きた時期
 京都支部の「みたらし」は秀明会が世界救世教傘下に属していた時代(当時は世界救世教京都教会)から存在したが、この「みたらし」が「奇跡の水」としての「効能?」を有するようになったのは、世界救世教から離脱した後のことである。
 「奇跡の水特集号」では、その冒頭に当時の会長(小山荘吉)が「ルルドの泉」について解説をしている。それに続いて、会長以下数名による座談会の様子が紹介されているが、それによると、秀明会の「みたらし」に奇跡が発生する以前に、会主・会長・幹部数名はいずれもルルドの泉を視察にフランスに行っている。秀明会のみたらしで「奇跡」が起こりだしたのは、彼らの「ルルドの泉」視察旅行が終わってからのことである。

 秀明会には「秀明カレッジ」という幹部候補生を育てる勉強会のようなものがあったが、この講座で利用された本の中に、「コルベ神父」の話がある。コルベ神父がどのような人かをよくご存じない方は、この文末にコルベ神父の生涯を簡単に説明したページへのリンクがあるのでそちらを見て頂きたい。
 コルベ神父の話というと、普通はナチスのホロコーストの犠牲になった話が有名だが、実はそれ以前にコルベ神父は長崎に6年間滞在し、そこを拠点にしてキリスト教の布教活動をしていた時期があり、その際に、「日本版・ルルドの泉」を作っていた、という事実がある(現在も長崎に現存するとのこと)。この「日本版・ルルドの泉」では、この水を飲んだ人が「奇跡」を体験したこともあったそうである。

 秀明会幹部による「ルルドの泉」視察旅行、日本版「ルルドの泉」を作ったコルベ神父、そしてそのコルベ神父の話を秀明カレッジの教科書に取り上げた秀明会・・・。こうした一連の流れを見たとき、会主・会長を中心とした秀明会幹部が、「うちの(秀明会の)みたらしも「ルルドの泉」のように奇跡が起きることにしようか・・・」と相談している様子が思い浮かぶのは私の妄想であろうか・・・。

宗教と「奇跡」
 宗教の世界では、「奇跡」が起きたとする話は数え切れない程あり、決してめずらしいことではない。
 秀明会の「奇跡の水」も、宗教的な御利益の一環として捉えれば、さほど問題ないのでは、と思われる方があるかも知れない。
 しかし、秀明会ではこうした奇跡を頂いたお礼として、「明主様からおかげを頂いた恩返しをしなければいけない」として新たな信者の勧誘(彼らは「お導き」という)や、「献金」、「自己放棄」と呼ばれる無償労働の強要に結びつける傾向が非常に強いところに問題がある。
 秀明会が信者に配布した「聖水感謝・お導き」というビラには次のように書かれている。

 なんと素晴らしい「奇跡の水」(聖水)ではありませんか。世界最高の「奇跡の水」を未信者にドンドン知らせてあげましょう。そしてご案内し、お導きしましょう!!
 聖水(奇跡の水)感謝はお導きであることを、しっかり心に刻んで明主様にご恩返しを致しましょう。


 聖水だけでなく、ダイヤモンドやゴールドの奇跡も同様で、そうしたものを与えることで神への感謝の心を信者に植え付け、それによって信者の心を操作するために、あらかじめそうした「奇跡」が仕組まれた可能性が非常に高い。
 「明主様のおかげ話」として世話人が信者に話していた内容が、実はそのような事実がなかったけれどウソをついていたということを告げられた役付者が、「ここだけの話やけど、そのようなウソはついてもいいんよ」と、信者にウソをつくことまで肯定して「奇跡」を信じさせていた事実も報告されている。  「宗教ビジネス」の一環として教団幹部の意のままに「奇跡」が演出され、信者の心を操作するような仕組みを持った教団はカルト以外のなにものでもない。
 ごく短期間に多額の献金をかき集め、神殿や美術館を造るためには、尋常な方法で金を集めていたのでは到底不可能であり、ウソや奇跡ねつ造で信者を騙し、金銭搾取に狂奔してきたのであろう。
 秀明会は意図的な「奇跡ねつ造」を否定するであろうが、指摘されている数々の矛盾や疑問には一切答えようとしていない。
 秀明会の奇跡を信じたために、その後、多額の献金や自己放棄を行う結果となり、貴重な人生を台無しにされた被害者が多数存在する。現実にこうした多くの被害者が存在する事実を秀明会はどのように説明するのだろうか。

会主・体験談  ルルドの泉  コルベ神父の生涯

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