18、教祖・斉藤亨逮捕 (2011.9.16 更新)
●逮捕までの動き
組織犯罪処罰法違反(組織的 詐欺)で逮捕された斉藤亨被 疑者(53) 加賀町署2011.9.13 (写真・毎日新聞) |
斉藤亨被疑者(53)が逮捕さ れた中央区のマンション |
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組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)容疑で逮捕され、加賀町署に連行される斉藤亨被疑者(2011.9.13 午前0時頃) (静止画は47news、動画はTBSニュースより) |
(写真はイメージ) |
横浜地検に送検される斉藤亨被疑者(写真・共同通信社) |
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■斉藤 亨
斉藤亨(53)は、S32.10.28に、父・S藤H保、母・S藤T子の間に生まれた。斉藤亨は、東京都内の大学を中退後、山梨県内にある知人が経営する食品会社に勤務していた。その当時、元山梨県警警察官の父親・S藤H保が、警察を退官後発足させた宗教団体・千手観音教会の信者になった。斉藤亨は2000年(H12年)2月に、父親の宗教団体から独立する形で、有限会社「千手観音教会事業部」を設立し、2002年(H14年)3月にその名称を有限会社「神世界」に変更した。 斉藤亨は客やスタッフの前では、「動物性蛋白質は毒素である」等と神書の内容を肯定するような発言を繰り返しているが、斉藤の息子の発言では、「山梨に帰った際に一緒にすし屋に行った」という話も聞こえている。斉藤の身の回りの世話をしていたスタッフの証言でも、「ポケットから出てくるのは高級寿司屋のレシートばかりだ・・」という話も伝えられている。 ●世界救世教 この一家(父、母、亨)は、以前は世界救世教の信者だった。そのため彼らは岡田茂吉の影響を強く受けており、神世界のいわゆる”宗教グッズ”などには、その足跡を随所に見ることができる。神世界の「ご神体」は千手観音図だが、この観音図は岡田茂吉が描いたものだ。観音図に押印された岡田茂吉の落款(印)を勝手に書き換え、「教祖が描いた観音図だ」と言っているが、それは真っ赤な嘘である。詳細については「盗作」を参照されたい。彼らが世界救世教の信者であったことについては、「教主は元世界救世教信者」や、「参拝の栞」などの記事に記載してある。なお、神世界が世界救世教と関係があると言っても、それは斉藤らが勝手に世界救世教を真似ただけであり、直接的な両者のつながりはない。世界救世教にしてみれば、元信者がこのような霊感商法で社会を騒がせるような事件を引き起こし、さぞ苦々しく思っていることだろう。 ●「神書を書かれた方」 神世界には、上記”参拝の栞”をベースにして書かれたと思われる、「神書」(しんしょ)と呼ばれる教典のような本があり、この神書を書いたのが斉藤亨だということになっている。このため、神世界内部では、斉藤亨のことを「親書を書かれた方」と呼称する場合が多い。斉藤亨の肩書きは、2010年末までは「教主」と呼ばれていたが、2011年1月1日に発行された神世界の機関紙「神世界新聞」紙上に、「御啓示によって私の子が二代目教主になります。私は教祖になります」という一文が掲載され、自分の息子を二代目教主に据え、自分は”教祖”になったことを会員に知らせた。斉藤亨は「教祖」になると同時に、自分に対して「創造者」という位置づけも行った。「教祖」や「創造者」など、きわめて宗教色が濃厚な名称を敢えて自分につけたのは、東京地裁で争われている損害賠償訴訟や横浜地裁で始まった刑事裁判に於いて、「神世界は宗教団体だ」とアピールするための思惑が働いているのだろう。 ●日数が合わない・・ 2011年8月29日に逮捕された、斉藤亨の妻、葉子(S42.7.3生)は、斉藤と結婚する以前は会主・佐野孝(2011.5.30逮捕)の妻であった。斉藤亨は、H15年当時、佐野孝の妻であった葉子をH15.2.5に離婚させ、6カ月後のH15.8.8に斉藤亨と葉子は結婚の届けを出している。 葉子は佐野との間に生まれた3名の子供を連れて斉藤と結婚し、結婚後新たに2名の子供が生まれているが、斉藤と結婚後に生まれた子供(男)の生年月日はH15.11.29であり、葉子がこの子供を妊娠した時期は、H15年1月中旬と推測できる。それはまだ、葉子が佐野の妻であったときだ。 組織犯罪処罰法違反容疑で逮捕状が出された後、1カ月にわたって逃亡を続けた、(有)神世界代表取締役・日原易子(陽龍)は妻・葉子の実母であり、斉藤亨の義母に当たる。 ●組織の変遷 斉藤亨の父・S藤H保は山梨県警の元警察官だった。この父親が神世界の前身にあたる、「千手観音教会」を設立した。千手観音教会事業部の設立は登記簿上、2000年2月だが実際に活動を開始していたのはもっと古く、約20年ほど前から地元の高齢者を中心に手かざしや瞑想のようなことを行っていた。その後、2002年になって「(有)神世界」と名称が変わった時点で父親から斉藤亨に組織が移譲されたようだ。 多くの関係者は、「(有)神世界と名前が変わったころから雰囲気も変わった」と証言する。それまで地元の高齢者が中心だった会員に替わり、若い女性が急増し、月に二度ほど首都圏ナンバーの車で50〜100人ほどが集まり読経などを行うようになった。それまで一緒に活動していた斉藤亨の父・S藤H保は、1キロほど離れた自宅に「観音会仮本部」の看板を掲げ、別に活動を始めた。しばらくの間、観音会仮本部の看板を掲げていたが、2011年5月頃、すぐ近くに「観音会本殿」が作られ、新たな会報も発行するなど、観音会は神世界を止めた者の”受け皿組織”として、新たな活動を開始した。 |
教祖・斉藤亨の逮捕を受けて
実質的な神世界トップである、教祖・斉藤亨が逮捕されたことで、神世界事件は一つの山場を迎えたが、まだ多くの問題が残されている。 2011.9.13 fujiya
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