神慈秀明会の歴史

 第二次大戦以前は日本政府によって新興宗教の台頭は厳しく弾圧されており、一部の地域で限定的に信者を集めている程度だったが、終戦後現在の日本国憲法の基、そうした政府の弾圧がなくなったため一気に勢力を拡大し、拡大するとともに内部抗争等により分裂をして新たな新興宗教が生まれ、今やその数は『雨後の筍』のごとくに多数の新興宗教が日本にはひしめいている。
 もともとは、大本(おおもと)という宗教団体があり、そこから世界救世教という宗教団体が分離し、さらにこれが分裂して多数の手かざし系の新しい宗教組織が生まれたが、その一つが神慈秀明会である。
 他にもいくつかの手かざし系宗派が派生しているが、互いに相手を誹謗している状態であり、同じ教祖をトップに掲げているにもかかわらず、非常に仲が悪いのが手かざし系宗教の特徴だ。
 神慈秀明会の本殿は滋賀県信楽町の山中にあるが、この本殿建設費は150億円と言われている。ここには本殿以外にも色々な教団施設が建設されているが、教団施設から谷を一つ挟んだ場所には建設費だけでも250億円(周辺工事や展示品の費用も入れると500億円以上?)と言われる美術館(MIHO美術館)がある。
 神慈秀明会は、小山美秀子が会主という最高位に位置し、その娘の小山弘子が会長である(小山美秀子は平成15年12月に死亡。しかし死亡後も会主は美秀子から変更されていない)。

 神慈秀明会がカルトになった最大の原因は「離脱の神意」にあったと思われる。
 小山美秀子は世界救世教秀明教会(京都)の代表であったが、昭和45年、中央集権化する世界救世教の動きに反発し、世界救世教から秀明教会を独立させることを決めた。独立する以上は何らかのもっともらしい理由をつける必要があったので、「離脱の神意」なるシナリオを作り、そのシナリオに従って強引に独立を果たした。
 創作した「離脱の神意」に基づいて神慈秀明会として独立した以上は、そのシナリオを本当と思わせる必要があり、その為には信者をたくさん集め、会を大きくし、神殿を建てたり美術館を建てて、世間から認められる「大きな宗教団体」になり、世界救世教を見下す必要があると考えた。
 小山美秀子という一人の女の「思いつき」、「エゴ」に端を発した独立であったが、広大な教団施設建設のためにその後たどった強引な信者勧誘と資金獲得のための信者に対する献金地獄は多くの信者と家族の生活を破壊し、多くの犠牲を生むこととなった。
 信者に対して恐怖信仰等を利用したマインド・コントロールを行い、数百万円、数千万円という途方もない金額の献金をさせたケースも多数報告されている。その結果、神慈秀明会のこうした一連の活動は各地で問題となり、裁判が提訴されたり、地方都市での集会所建設に際して地域住民から反対運動を起こされるなど、その問題点が次々と指摘されている。
 こうして神慈秀明会は「カルト」としての確固たる地位を築く結果となったが、強引な信者集めと過酷な献金強要という反社会的行動が、自らの宗教をカルト化し、自滅の道につながるということに思いが至らなかったのは小山美秀子の誤算であった。
 近年になって、これまで信者に対しては「離脱の神意」の中で、教祖岡田茂吉(故人)が小山美秀子に離脱を指示したように伝えられてきたが、実はそうではなく、信者には全く知らされていない一霊能者の「お告げ」によって離脱が決められたことが明らかとなり、それを知った信者が神慈秀明会を離れる動きも出てきている。

 名目上、神慈秀明会は岡田茂吉を教祖としているが、実際には2000編あると言われている岡田茂吉の教えの内、信者に公開しているのはその内の100編(5%)だけである。神慈秀明会にとって都合の悪い教え、特にカルト的教義や運営方法を戒めるような岡田茂吉の教えは一切公開しておらず、信者が真に岡田茂吉の精神に近づくことはできない。実質的運営方針は小山美秀子の考えた方針に従って運営されており、「小山教」と呼ぶ人もいる。
 会主・小山美秀子が平成15年11月29日に死亡した後は、会主の席は空席としたまま会長の小山弘子(美秀子の娘)が秀明会のトップとなった。弘子も美秀子が敷設したカルト路線を一切修正しようとはせず、母の引いたカルト路線の上を走り続けている。
 現会長の小山弘子もすでに高齢であるため、後継者として前会長・小山荘吉の息子である小山玉男を祭り上げようとする動きがある。平成16年11月21日(日)に開催された、「明主様紀元35年・青年大祭」の席上、小山玉男が青年部委員長に就任したことが知らされた。
 神慈秀明会は世界救世教から分裂後、歴代に渡ってこの小山一族が実権と富の全てを握っており、信者から巻き上げた金は全て小山一族の手に入る仕組みとなっている。


 神慈秀明会はこの『手かざし系』と呼ばれる宗教団体としてはかなりの信者数を一時期確保していた。世界救世教や神慈秀明会ではその教義の根本を岡田茂吉の教えを基本にしており、神慈秀明会では岡田茂吉を『明主様(めいしゅさま)』と称し、この宗教団体の『神』としてあがめている。信者は『お光り』と呼ばれるお守りのようなものを首からぶら下げており、この『お光り』を通して『明主様』と目に見えない光線でつながっているとしている。手かざしで病気治療を行う医療行為を行うが、この手かざしを行うには入信時に2回(計約2時間)の研修を受けるだけでよく、特にきわだった修行等をしなくても、お光りを首からぶら下げていれば明主様の威力がお光りから発せられ、そのパワーによって治療効果が発揮されるとしている。何とも『お手軽』に御利益が得られる仕組みとなっている。
 手かざしによる治療行為を行うものとしては中国の『気功』があるが、あの気功と神慈秀明会での手かざしはまったく別のものと考えていい。気功は気功士と呼ばれるかなり特殊な能力を身につけた者だけが行える行為であり、短時間の研修ですぐに気功ができるようにすることは不可能だ。この気功も科学的には解明されていない部分が多い治療行為だが、中国ではかなり歴史のある治療行為の一つとなっている。

 通常の神経では到底信ずることのできない手かざし治療であるが、ヒーリング等という手かざしと同様のハンドパワーを用いた治療もある。なぜ手かざしによって治療効果があったとされる例があるのかについては、私なりにまとめたものがここ(妻への手紙6)にあります。

 一時期、かなりの信者数(一説によると10万人とも言われている)を誇った神慈秀明会であるが、内部的に数々の問題点が明らかになり、その問題点に対する明確な改善策も示されないため、近年になって急速に脱会する信者が増加し、新規入信者はほとんどない状況で、現在の信者数は最盛期よりも大幅に減少していると思われる。

(現在も神慈秀明会信者である方達へ)
 欺瞞と差別、恐怖信仰を操って信者から金を巻き上げる秀明の本当の姿が明らかになり、新たに秀明会に入信する信者は極端に減少しています。その一方で秀明会を辞める信者は急速に増加しています。
 本当に神慈秀明会が世界一すばらしい宗教であるならば、なぜこのように衰退してきたのでしょう? それはやはり秀明会という組織には多くの問題点があるからではないのですか?
 秀明会には何の問題も、やましいところもないのであれば、もっともっと秀明会は発展する筈です。なぜ発展しないで衰退の道をたどっているのですか?

 この、「家族を新興宗教から守ろう」のページや、「神慈秀明会被害ネットワーク」のようなページが存在するのはなぜなのでしょう?
 そこには多くの方から秀明会に対する疑問や問題点の指摘をする声が集約されています。
 私がこうして秀明会に対して批判的な立場をとり続けているのは、秀明会が多くの信者の人権を無視し、多くの信者とその家族を不幸にしてきた事実があるからです。金銭的被害も非常に大きなものがありますが、それ以上に大きな被害となっているのが精神的被害と時間的被害です。
 秀明のために一度しかない人生を台無しにされた非常に多くの人たちの叫び声は、現在も秀明信者を続けている皆さんには聞こえていないのでしょうか?
 信仰を大切にする皆さんは、己一人だけが幸せになり、秀明のために人生を破壊された多くの人たちのことは無視してもよいとは思われないはずです。
 本当の神は、そして本当の信心とは、もっと懐の広い、多くの人たちを幸せにするものではないのですか?

 こうした問いかけは、秀明会のトップにすべきものかも知れませんが、秀明会トップとその取り巻き連中には、もはや問題解決能力がありません。
 秀明会トップは、自らが犯した罪も償えない、愚かな集団でしかありません。
 このような団体に、これ以上皆さんが属していることは、そのこと自体が罪でしかありません。

 私がこのようなことを言っても、戯言(たわごと)としか受け留めない方もおられると思います。秀明会が絶対に正しいと確信を持っておられる方もおられると思います。
 そのような方は、秀明会と心中するつもりで最後まで秀明会で頑張ってもらったら結構です。

 しかし、秀明会に対して迷いや疑問を持ちながらも、惰性やつき合いで秀明を続けている信者の皆さんは、今一度、秀明会はこれまで何をしてきたのか、その秀明会に対して自分はどうあるべきなのかを考えて頂きたいのです。
 先にも述べた通り、本当に秀明会がすばらしい宗教であるならば発展することはあっても廃れることはありません。しかし、現実には次々と多く信者が秀明会を辞めています。この現実をあなたはどう理解するのでしょう。

 秀明会に疑問を持ちつつも、色々な「しがらみ」で秀明を続けている皆さんが、思い切って秀明を辞めることにより、秀明は一気に経済的基盤を失います。
 カルトは経済的基盤を失うと破綻します。
 秀明会は裁判闘争との関係もあり、信者からの献金や玉串料は信者の「自由意志」だと言っています。このことが信者間に広まれば、秀明会の現金収入は激減することでしょう。
 神慈秀明会が存続することが本当に人々を救うことになるのか、それとも神慈秀明会のような団体はなくなった方が人々が幸せになれるのか、今一度考えて下さい。

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