(下記はメールにて寄せられたものです)
初めまして。
私は●●市内に住む、40歳の知的障がい者です。私も、神慈秀明会の元信者ですが、ここで、私の苦しい体験談を聞いて下さい。
あれは忘れもしない平成6年の春、■■町にある知的障がい者施設への就職準備もほぼ終わり、やっと息抜きが出来た頃に、ある有名な遊戯施設へ行きましたが、その帰りにある年老いた女性の信者さんから、「あなたの幸せをお祈りさせて下さい。」と声を掛けられ、約3分間目を閉じて浄霊を受けましたが、最初は、何をしてお祈りをしているのかわかりませんでした。
それから数か月後に、私が私物の整理をしていた頃、黄色い名刺のような紙がひらりと舞い落ち、それを拾って読んだら、それはある年老いた女性の信者さんから頂いた「お導きカード」という物でした。
そして数日後に、郵送で神慈秀明会の事柄についての問い合わせを行ったところ、別の信者さん数名が施設を訪れ、また約3分間目を閉じて浄霊を受け、その世話人さんから、「教修を受けてみないか?」と誘われ、●●市内の出張所へ向かい、教修を受け、当時の信者さんの話を聞き、また、この■■町にある知的障がい者施設は、元はカトリックの信仰を持つ施設で、施設の周辺にはカトリックの修道院があって、私はこのカトリックの信仰を持つ施設には以前から抵抗があり、結局当時の継母の強い勧めで、仕方なくこの施設に入所することになりましたが、この施設の体制に対抗するつもりで、何気なく入信いたしました。
それからというもの、私は積極的に神慈秀明会の信仰を緊密に行い、バレるようなことが無いように努めて行きましたが、徐々に私の行動が明確になり、信仰がバレている噂もたびたび聞かれ、嫌な思いをしながらも、私は教祖の教えを信じて信仰を続けました。
ところがある日、施設長が私に呼び出され、「あなた、何か宗教に入ってるの?」と口利きを迫られて、私が神慈秀明会の信仰をしているということを告げると、「何故あなたはそんな勝手なことをするのですか?そんなことを続けるのなら、ここから出て行ってもらいますよ!」と、何度も注意されました。
それから、このことが何度も繰り返される中、神慈秀明会の信仰を始めて10年目、借金をしてまでやった献金で、仏教本意で他宗教の信仰に物凄く反抗する私の父が「お金を借りてまで使うな!!」と厳しく注意され、結局は自己破産を宣告され、さらには、私が仕事中で勘違いをしたことによる不手際で施設を強制退所(いわゆる「解雇」)され、自宅で籠りながらも、何とか信仰を続けて来ました。
そんなある日、私が新年のご挨拶である「年頭所感」に、私が選んだ御歌を掲載するのですが、いつもは誰も指摘されなかったのに、今度変わった4人目の教師が「今後は御歌を掲載しないように!」と言われ、さらにその教師は、私にいろんな厳しいことを突き、戸惑った私は「この宗教、最近変だなぁ・・・。」と思うようになり、お光(お守りのようなもの)を数か月間肌身に付けず、三方に置きっぱなしにして置きましたが、それをしても大して生活に変化はなく、同時に「私は今まで、この宗教にダマされたんだなぁ・・・。」と思うようになりました。そして私は、平成23年の年末に、「もうこの宗教には耐えられない!!」と思い、お光を含む神慈秀明会の全ての物資を出張所に送り返し、脱退いたしました。
普通、私が送り返しましたら、「受け取りました。」という受取書類が送られて来るのですが、神慈秀明会は、「自分の主張が正しい。」としているのでしょうか、未だに受取書類が送られて来ません。それで苛立った私は「もういい!」と思い、「正式に脱退に同意いたしましたよ。」という文章を送り、私なりに決着することにし、最後まで仏教本意で他宗教の信仰に物凄く反抗した私の父に報告いたしました。すると父は「そうそう、それでいいんじゃ!!」と、凄く喜んでいました。そしてあれから4か月後、父は私が改心していたことに安心したのか、脳梗塞を発症して、その1週間後にそのまま亡くなりました。今を思うと、「もっと早く気が付いて、脱退すべきだったなぁ。」と、神慈秀明会の信仰をしていた過去の自分を、今でも悔やんでいます。
このサイトで、皆さんの苦しい体験談を読むと、私の体験の幾つかにも当てはまるものがたくさんあり、凄くいい勉強になりました。
これから神慈秀明会を脱退する皆さんは、私を含むこうした皆さんの苦しい体験談を参考にして頂きたいと思うと同時に、私の体験談が、神慈秀明会を脱退する皆さんへの、一つの布石として頂ければ幸いです。