無神経な人たち

(下記はメールにて寄せられたものです)

 私は先日、神慈秀明会を脱会しました。
 私が神慈秀明会に在籍していたのは、わずか4カ月間ほどでした。この団体によって多大な苦しみを長期間味わってきた皆さんに比べれば、私がこの団体に係わっていた4カ月という期間は短い期間だったかもしれませんが、私は4カ月間でこの神慈秀明会という団体が決して人を幸せにする団体ではないことに気づき、脱会しました。
 今思うことは、「早く脱会できてよかった」。この一語に尽きます。

 私が神慈秀明会に入信したきっかけは、同じ職場にいた友人から誘われたことでした。その友人は新たな入信者を連れてくるように上から指示され、ちょっと焦っているようでしたので、私は友人の役に立ちたいと思い、友人を助けるつもりで軽い気持ちで神慈秀明会に入信してしまいました。私の悪い癖です。断れない性格・・・・。
 その当時は、神慈秀明会がこれほどまでに非常識な人たちの集まりであるとは夢にも思いませんでした。

 退会のきっかけはいくつかありますが、まずは父の死でした。父は高齢でしたがとても健康でした。1年前まで元気に働き、充実した人生を送っておりました。その父がある冬の日、自宅で入浴中に心臓まひで急逝しました。検死の結果、父はおそらくほとんど苦しまずに「即死」の状態で亡くなったようです。
 しかし突然の父の死に、私たち家族は心の準備ができないまま悲しみのどん底におりました。その悲しみがピークである葬儀の日が、私の「秀明講座入学式」と同じ日でした。
 当然ながら私は、「父が亡くなり葬儀中ですので秀明講座入学式は欠席します」と連絡しました。すると私を誘ったかの友人から「世話人さんの○○さんが、今日の秀明講座入学式は大切な日だから絶対来るように言っている」と再度電話がありました。
 親の葬式の日に勤めをしろという宗教って一体なんだろう?という疑問が湧きましたが、私は秀明講座を受ければきっと救われるのだと思い、泣きながら出張所に向かいました。
 この件をきっかけにして私は神慈秀明会という団体に違和感を感じ始めましたが、「あなたには使命がある」と繰り返し言われ、違和感を感じつつも出張所に足を運んでいました。

 そんなある日、世話人から「遠くの土地から学生の信者が来るので家庭訪問させてくれ」と連絡があり、半ば強引に我が家に若い信者達が乗り込んできました。
 このような若い子が、見ず知らずの人様の家に平気でずかずかと乗り込んでくるこの感性っていったい何なの?と、私は強い嫌悪感を持ちました。
 さらに、その青年たちはうちの子の子供部屋に強引に入り、私の子供に宗教の素晴らしさを説き始めたので、私はびっくりして「子供は関係ないでしょっ!」と止めに入りました。その無神経さ、遠慮のなさに恐怖を覚え、「この人たち、やばい」と私は思いました。
 更にその20代の年端もいかない青年(女子)がうちの父の死について「癌でしたか?早く浄霊したらよかったのに」と勝手な想像で言い始めました。私はカチンと来て、「うちの父は高齢ですが、癌ひとつないきれいな体で、しかも生涯、入院もしたこともないんですよ。」と言い返しました。
 その子は自分の失礼極まりない発言に気づくこともなくポカンとしていました。礼を逸した集団が神慈秀明会です。人として、他の人と接するときに当然守るべききまりが彼らには全く備わっていません。他者への礼節を忘れ、団体の都合、団体の利益を最優先させるような宗教団体が、信者に幸せをもたらすことはありません。神慈秀明会の人たちによって次々と引き起こされる無神経な言動に、私はこの団体に強い嫌悪感を覚えました。
 彼らの無神経な振る舞いによって私の心の平安は著しく乱され、このような団体に安易に近づいた自分の愚かさ、弱さが悔やまれました。自分がこのような団体の一員であることに苦しみ、夜も眠れず血を吐いてしまうほど私は悩むようになりました。

 その様な折、父が私の夢枕に立ち、こう言いました。
 「無理するな、悩むな」と。
 私は父が自分の死もって、そして、夢に出てまで私を助けに来てくれたと感じ、父に心底感謝しました。
 奇しくもその翌日はうちの息子の小学校の卒業式でした。息子は式の中で「将来は警察官になり、世界の平和を守る!」と高らかに宣言しました。
 その時私は固く決意しました。「わが子をこの人たちから絶対守る」と。
 そしてすぐに退会手続きについてネットで調べてたところ、この「家族を新興宗教から守ろう」のサイトにたどり着きました。
 私は息子の卒業式の日の午後には退会届の作成を終わりました。作成した脱会届けを内容証明郵便にて神慈秀明会に送付し、私はこの団体を脱会しました。
 人の不幸を嗅ぎまわり、人の不幸を利用して組織拡大を図ろうとする神慈秀明会。このように不届き千万なカルト集団・神慈秀明会を私は許しません。

 fujiyaさま、ありがとうございました。これからもこのサイトをずっと見てまいります。自分の戒めのためにも。

(2014.4.29掲載)


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