(下記はメールにて寄せられたものです)
秀明信者の皆様、元信者の皆様、はじめまして。私は元信者のK.T.と申します。
私は学生の頃、無理に入信させられて以来30年以上もの間、秀明信者を続けてきましたが、インターネットでいろいろな記事を読んで、最近になってやっと脱会することができました。
はじめはお光を壁に吊るしたまま外出することが怖かったのですが、毎日練習(?)を重ねて、やがてお光がなくても平気で生活するようになりました。
調子に乗って、支部参拝もお光無しで行き、知らん顔で手を挙げていました。御神体と御屏風観音様も長年我が家でお世話していましたが、これも処分しました。
御神体と御屏風観音様を処分したことで、うっとうしい居候さんたちが全て出て行ってくれたので気分はすっきりしました。
でもまだまだ、心の傷が癒されるには時間がかかると思います。
それはしょうがない。長年、ぼんやりと、何も考えもせず、言われるままに参拝し続けた自分の責任だと思います。
秀明会を止めた今、私が信者さんを見て気になることは、他者に対する優越感と差別意識です。
例えば困っている人を見て、「あの人をお救いさせて頂きたい」なんて言う。この言葉は一見、利他愛のようですが、よく考えると傲慢です。上から目線で、人を見下しています。
信者間でも差別意識があります。病人さんのいる信者家庭に座談会に行くと、「このお家にお光を届けに来ました」なんて平気で言う。「この家は(病人がいるから)お光がない」と言っているのです。
私はこういう差別意識が嫌になりました。もうこんな人たちと行動を共にする気はありません。
人は皆平等です。けどそれを理解しない人が教祖になった。
岡田茂吉氏です。そこから出てきた秀明会だから当然なのですが、神慈秀明会は「人を幸せにする」という宣伝文句からはほど遠い団体だと言わざるを得ません。
K.T.(2014.01.06投稿)
以前はこうして部屋の高い位置に御神体と 御屏風観音様を祀ってあったが・・ 今は床に下ろして中身は廃棄処分にした。 ぬいぐるみ入れにでもしようか? |