金儲けが目的の宗教

(下記内容は、anti_cult掲示板に掲載されたものです)

最近、ふと思い出してサーチしていたらここに辿り着きました。
今後問題が起きると面倒ですので、あくまで私の経験として書き込み致します。
あれは10年程前ですが、横浜駅でタバコをふかして暇つぶししている時に、とある団体構成員はコンタクトしてきました。
もちろん、一般世間では「勧誘」と呼ばれてる行為でしょう。
内容はほぼ管理人さんの仰られるとおりの事ですが、私は暇潰し程度に電車に乗り、付いて行く事にしました(彼等的には冒涜と言うのでしょか?)
しかも最初の話で私は「お金はかからないんですね?」と確認したにも関わらず、到着すると「玉串最低100円です」だそうです。
ここで口約束と言えど、騙した事になります!もちろん確認を再度取ると、その人は「神社でも賽銭いれるでしょ」と無茶な言い訳・・・私は神社に入っても賽銭を強要された事はありません。(強く要求する事が強要になります)
そしてここから、これは新興宗教と言う物が本当にどういったモノのなのかを判断する授業料と思い、ある程度の出費を許容する事に瞬時に決めました。
その後は素晴らしい御話と買い物・・・おいおい!!
事細かく話すと長くなりすぎるので割愛するしますが、私はトータルで2年強でしょうか、もちろん滋賀も行きました。
でもこの間で私が納得出来る回答は一つも存在しません(あくまで個人的にです)
ただ、非常に憤慨したのが(順番をつけると一番)他宗教を批判する姿勢ですね、これは法律の定める信教の自由に反すると思いますが、どうでしょう?
あくまで個人の考えであるものを、捻じ曲げようとする姿勢に感じます。
次に押し売り的行為ですが、私有地である私の住居区に、無断で乗用車で侵入し数時間にも及ぶ駐車場占拠。これは不法侵入になります、私は来ないで下さいと伝えたのですからね。
そしてトドメが私が退会しようと連絡した時の電話による説得ですが、私は一つ質問しました。
私「滋賀の美術館で何人の人が救われるんですか?私ならそんなお金があればアフリカの難民に寄付しますよ」
支部「お金で人は救えないけど、美術は人の心を癒す」
支部「その程度のお金で救える人数は少ないから寄付は無意味です」
私「だったらなんでお金を取るの?」
支部「運営するのにお金は必要でしょ、だからです」
私「美術館を建てる為に玉串を包んだ憶えはないですけど」
支部「それは・・・信仰度の判断です」

あっはっは!!私は笑うしかありません。なぜかって?
判断するのに投資した価値があったからです。

私個人の判断ですが、お金を要求する(決まっている金額以上ならいくらでも)宗教は信用に値しません。
日本には良い諺?があります「坊主まるもうけ」・・・
でも坊さんは500円玉一枚でも檀家にはお経を上げにきましたけどね。
もちろん、距離が遠いので交通費にも足りない金額ですが(坊さんごめんね)


「人助け」が基本であるはずの宗教が歪曲されて「金儲け」になっている・・・
私が集会所に居た時に起きた事ですので、私自身が目撃者です。
多分、知的障害者だと思われる男性がお祈りと手かざしを求めてやってきました。
しかし、玉串料が払えないからと言う理由で追い返してしまったのです。
私は即座に「なんで追い返すんだ」と担当者に問い詰めると
「玉串料(お金)が払えない人は助ける事は出来ない」・・・

2000年に厄災が起きるので、それまでに神慈秀明会に少しでも多くの人を入会させて助けると言った人は誰でしょうか?
はて・・・もう2003年ですが何か?と言った感じですね。
バカバカしいにも程があります。

それに信者(私の様なインチキは除く)が大切に身につけているお守りですが、中身はプラスチックの板の様なものを布で巻いただけの質素なものです。
確か手書きで文字が書いてありましたけどね。
私は当時、自分の不注意から怪我をしてしまったんですが、完治した時に信者のみなさんは、お守りと手かざしのおかげと喜んでいました。
そして私も心で喜びました・・なぜならお守りはゴミ同然の扱いで身につけていなかったのですから。粗末に扱うと効果がなくなると言っていたのは誰ですか?という感じです。もし怪我が長引けばお守りを粗末に扱ったせいとでも彼らは言うのでしょう、しかし結果は私の経験どおりまったく関係ないし、無駄なモノと証明されました。

マメ知識ですが、豪華な美術館を所有しておられる神慈秀明会ですが、あれの元は、神慈秀明会や真光教の元になった団体の初代が趣味として美術に興味があった事をお伝えします。多分その名残で美術品を世界中から批判されたにも関わらず集めたのでしょうね。

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