この講演の原文は下記にあります。
http://www1.biz.biglobe.ne.jp/~JFOA/douyuu/306.htm

この原文からタイトルなどを取り除き、講演内容を会主講話4,452文字とほぼ同じ文字数の付近でカットしてから文末が「です。」で終わる回数を調べた。

このようにして調べた結果、下記講演文書中文末が「です。」で終わっている回数は14回であった(文字数、4,476文字)。



本年の所得税の改正は、ご承知のように7年ぶりの減税と、長い間の懸案であった納税環境の整備が具体化したことが二つの大きな柱となっています。

これらの大きな改正は別として、その他の改正に関連して2、3話したいと思います。まずその一つに予定納税を要しない予定納税基準額10万円の限度が15万円に引上げられました。毎年7月と11月に予定納税を行うに当って、昨年までであれば前年の税額が10万円を超える納税者は予定納税をしなければならなかったのが、本年からはこの限度が15万円に引上げられ、若干予定納税者の数が減少しました。内容としてはこれだけの改正で大したことではありませんが、予定納税に関連して少しお話します。

『聖職の碑』や『八甲田山死の彷徨』などで著名な作家の新田次郎先生の奥様は藤原ていさんとおっしゃって、終戦後満洲から引揚げる時の話を書かれた、たしか『流れる星は生きている』という本だったと思いますが、これは戦後いち早くベストセラーとなった本です。その方が56年に『わが夫、新田次郎』という著書を出されました。この中に予定納税の話が出てくるようで、その一節を紹介します。

「……いつの頃からかわが家は予定納税というものを納めるようになっていた。これは……前年の収入から今年に入るであろう収入をおし計って、翌年3月15日の確定申告の折に納めなくてはいけない税金を、分納して前払いせよという仕組のようである。……ある年、突然に納税通知書をもらった時に税務署に問合せてみた。そして来年の3月15日に必ず納めるから予定申告はしたくないとこちらからの希望を伝えた。……“気持はわかるが規則だから”との返事が返ってきた。私は少々腹をたてた。来年の3月15日までに当然払い込めばいい性質の税金を何故今年のうちに二回に分けて……」つまり確定申告の時期に一度に納めるから予定納税の必要はないではないかといっておられるわけです。

予定納税は必要ないとまでは思わなくても、予定納税額については期限の7月末日、11月末日がすぎると延滞税が課せられますが、この延滞税についてはかなりの人が反発を持っておられるようで、私も現職時代にしばしば苦情を聞いたことがあります。これについては、現在では完全な意味での予定納税制度に一本化されているので、確定申告で納める税金の単なる前納にすぎないといった感じを強く持ち勝ちですが、予定納税の沿革をふり返ってみると意外とそうでない面が判るように思います。

我が国の税制に申告納税制度が導入されたのは戦後の昭和22年からです。この制度に改まった時、確定申告制度と予定申告制度が同時に導入されたわけですが、それ以前は税務署から一方的に所得と納税額が決められ、納税通知が出されるといった賦課課税制度でした。

制度が改まった昭和22年当時は1ヶ年間の所得を見積って自ら税額を計算して予定申告を行った後納税するといった仕組でした。勿論いま申しましたように申告納税ですから予定申告と確定申告が一体のものとして構成されていました。ところが当時は戦後の混乱期でもあり、予定申告状況をみると所得税額が前年を下回るものがほとんどといった実情でした。これに対して税務署では予定申告に対する更正、決定も行われました。

このような時にシャープ博士が来日し、予定申告の低調ぶりを憂えて前年の所得よりも今年の予定申告を減額して申告するときは、予め税務署長の承認を受けねばならないといった制度にすべきだという勧告が出され、昭和25年に制度改正が行われました。

ところが、前年を下回る申告をするには税務署長の承認が必要となると、予定申告は見積り段階でもあり、大多数の納税者が前年と同額の申告を行うようになってきました。となると予定申告制度の意味は薄らぎ昭和29年にはこの制度を原則的に廃止し、現在の制度に近い予定納税制度に改正されたわけです。

しかし当時はまだ二つばかり予定申告制度が残っていました。それはその年に新規開業した人、これは前年実績がありません。又、たとえば前年途中より開業した人で本年は期間が丸1ヶ年間となり所得が増えそうな場合など、前年実績をこえる人についてでした。しかし、その後このような予定申告の件数、税額は微々たるものであったので昭和40年には制度の簡素化を図る意味から予定納税制度一本に改正されました。

このように予定納税制度の前身から考えてみますと、予定納税というのは単なる前納ということでなく、一年間の所得のうち既に発生している所得に見合う税金、つまり7月には1月から6月までの半年分の所得は既に発生しているわけですから、これに見合う分の税金は納付してもらおうといった考えが基本にあります。

従って納期限が遅れると延滞税もとられることになるわけです。例えば給与所得者が毎月の給料を受取る段階で源泉所得税を天引きされるのと比較してもご理解いただけるのではないでしょうか。

いま一つ今年の改正の中で社会面をにぎわしたものが所得税の公示制度の改正です。昨年までは申告された所得が1,000万円を超える所得者を5月1日から15日まで全国の税務署に公示する制度でしたが、本年からは所得税額が1,000万円を超える人に改められました。

これを昭和57年分の公示、つまり昨年5月の公示でみてみますと、その対象者は全国で52万人にものぼりました。これは昭和46年以来所得額1,000万円超の限度額が据置きになっていたためです。改正された理由としては、46年当時の1,000万円、これは現在では高額とは言えないこと、又、52万人もの公示をするには税務署でも手間がかかることでもあり、税額1,000万円に改められたわけです。この結果公示者数は6万6千人に減りました。

この所得公示から税額公示に改められたことは、かなりマスコミをにぎわしました。たとえば日本経済新聞5月4日付の社説では“承服できぬ多額納税者リスト方式”という見出しで、「…事務量を減らすためにこれを2,000万円超に改める作業が大蔵省や政府税制調査会の手ですすめられている時に、自民党が税額2,000万円超へと問題を完全にすりかえたことによる。……公示制度はこれによって第三者の目によるチェック効果を期待していたところにある脱税の防止と課税の公平維持についての社会的牽制効果は決して小さくなかったはずである。…いくら税額をにらんでも正確な所得金額が浮かんでこないとなれば、公示の本来的意味はなくなるとしか考えようがない。だからわれわれはこれを“変質”といい“改正”と呼ばずに”改変”という。」と厳しく批判しています。

さらに続けて「先の国会審議で、この問題はほとんど質疑の対象にならなかった。昨年の“所得1,000万円超”の時には国会議員が741人公示されたのに対して、今回は69人に激減した」と述べています。そして、社説は最後に「いたくない腹をさぐられるのがいやなら現行の公示制度を出来るだけ早く元の所得基準に戻すべきである」と主張しています。

これに対し、5月5日付サンケイ新聞マスコミ論壇で或る大学の先生は「新基準の適用によって、政治家への牽制効果が薄れることに批判的な姿勢を示しているが、そのことを強調するのあまり新しい制度のメリットを見逃す結果になってはいないか。……よく考えてみると昨今の状況で所得1,000万円程度を高額所得者というのはおかしいし、……公示制度が発足した趣旨は、公表することによって納税者の相互監視で、金持ちの税金のがれをけん制しようということであろうが、それは“税額公示”でも大きな違いはなかろう。……高額納税者を顕彰する性質に変ったことに疑念を示している新聞もある。しかし、元来相互監視などという、ある意味ではいやな制度によるよりも、納税者が進んで納税することが望ましいものであることは言うまでもない。そのような意味では顕彰であってもいいと考えるがどのようなものであろうか」といった論説を掲げておられます。

いずれにしても賛否両論が渦巻いたわけですが、税額1,000万円超に改めた結果、6万6千人に減少したわけです。税額1,000万円の所得がいくらになるかをみてみますと、通常の所得で2,700〜2,800万円程度といったところでしょう。

次に相続税に対する税務調査の結果について若干ご紹介致します。本年6月末に国税庁が相続税白書を発表しました。これは昭和57年中に死亡した方の相続税の申告なり調査の事績を発表したものです。

わが国では毎年約70万人が死亡するといわれます。昭和57年中に亡くなられた方は71万2千人で、その内相続税が課税される程度の遺産を残した方が約3万6千人で全体の約5%です。もっとも昭和50年以来相続税の課税最低限(基礎控除2,000万円十400万円×法定相続人の数)が据置かれている一方、たとえば土地の価格は毎年10%前後の上昇が続いており、従って評価額も上昇している現状なので納税者の割合は幾らかずつ増加しています。

いま申し上げました3万6千人の相続人が申告した財産の中味は土地、家屋の表現資産が約70%、次に現金、預貯金、有価証券等の不表現資産が約30%となっています。これらを税務調査した結果、申告漏れとなっていた財産の構成は逆に不表現資産の70%、表現資産が30%で毎年このような状況となっているのが実態のようです。

具体的に3万6千人の相続人の申告に対して、その約3分の1の11,113件が税務署の調査対象となっています。11,113件を調査した結果、申告漏れが発見されたのは10,818件で97.3%となります。この実態をとらえて“100人中98人が財産隠し”という云い方をする向きもあります。

しかしこの表現はいささか誇大ではないかと思います。何も故意に財産を隠した人だけが98%も見付かったわけではないのですから。ちなみに、このうち不正が発見されて重加算税が課されたのは、610件にすぎません。大部分はどちらかといえば単純な申告誤りといえると思います。

以上は国税庁の発表によるものですが、東京国税局管内の調査結果をみてみますと、やはり96.3%に申告漏れがあり、その67.4%が株式や公社債、現金、預貯金などのようです。ある税の専門紙は「これをみても相続税調査でいかに金融機関などの反面調査が必要であるかがわかろうというもの。……巨額の財産の存在を知らされていなかった相続人が逆に税務署に感謝する一幕もあり、相続にからむ親族の金銭トラブルを象徴する事案とも言えそうだ。」と報じています。

来年度の税制改正でいま一番問題になっているのは、所得税に関する利子配当課税についてです。特にマル優制度の帰趨というか、そのゆくえがどうなるかという点です。
ご承知のように昭和55年の税制改正でグリーンカード制度が所得税法の中に盛り込まれましたが、その後反対等もあり3年間の期間延長措置が講じられました。