被害者の感想(1) 投稿者:ブレイク
斉藤亨被告の控訴審を傍聴した。
斉藤被告は「教主」という神世界のトップに君臨していた男なのだから、もっとしゃんと芯の通った人物で、人間的にも大きな器の持ち主かと思っていたが、目の前で見た斉藤被告の姿、彼が話す言葉には全くオーラがなく、そこに居たのはただの「オッサン」でしかなかった。外見も話し方も、斉藤の後ろに座っていた三木弁護士の方がよほど素敵だった。
弁護人の質問に答える斉藤被告の話し声、話し方を聞いていると、教祖としての威厳は皆無で、ボソボソと低い声で答える彼の様子からは、犯罪者の雰囲気が濃厚に漂っていた。
ひょっとすると、あのボソボソとした精気のない話し方は、ショボーンと反省している雰囲気を醸し出そうとした演技なのかもしれないが、もしそうであればとんでもない大根役者でしかない。口では「反省している」と言っているが、聞いている者には彼が反省しているとは全く聞こえてこないし、心に伝わってくるものは何もなかった。
傍聴席には神世界側の女性が数人来ていた。被告全員に有罪判決が下されても、まだ目が覚めないのは”自己責任”、”自業自得”と言われても仕方がないとも思ったが、未だにこんな男に騙され続け、傍聴席で必死にメモを取るおばさん達の姿を間近に見て、同じ女性として哀れにも思った。見方を変えれば彼女等も被害者なのだ。できることなら今からでも遅くはないので、斉藤らの操り人形として貴重な人生を終わりにするのではなく、自分の人生を生きてほしいと思った。
斉藤被告自身は現在は引退していると言っていたが、こうして必死にメモを取っている連中はこれからも形を変え活動を続けて行くのだろう。神世界事件が一定の解決に至り、マスコミによる報道は下火になっても、このサイトがなくなることはない。活動を続けている者の中には子供がいる者もいる筈だ。今の若者はインターネット無しでの生活は考えられない。子供達はいつでも「親の過去」を知ることになるのだ。
客観的に家族を観察できる年齢になった子供達は、どのような形で親の過去・現在を受け留めていくのだろう。
人間は、一人で生まれてきて、一人で旅立っていく。
悪行によってほんの一時の地位と経済的繁栄を得たところで、悪事が長続きした例しはなく、未来永劫そのような状態が続くことはない。
斉藤被告は、詐欺行為は全て他の者がやったこととして責任を転嫁し、我が身の保身に全力を上げていたが、それが斉藤亨という人間の器なのだろう。他の者のことなど何とも思ってない姿が、この日の公判でも色濃く出ていた。
時が過ぎ、世間が忘れてくれることをひたすら願い、ほとぼりが冷めれば、蓄えた資産によって優雅に、仕事もせずに過すことが最大の願望なのだろう。
斉藤被告の辞書には「因果応報」という言葉が載っていないのだろうか?そんな斉藤被告に一つの書をプレゼントしてあげよう。返金すればそれだけで自分の犯した罪の償いができると勘違いしているあなたには、下記の書がよく似合う。
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