原告17名が受けた被害

 2010年4月21日に行われた神世界等に対する損害賠償訴訟の第6回口頭弁論において、原告17名の被害実態を詳細に綴った281ページの準備書面が裁判所に提出された。個々の被害実態をまとめるに当たっては弁護士が被害者から時系列に沿って被害状況を聞き出し、その内容を文章化した。文章化した内容は再度被害者に確認してもらうなどして細部の調整を行い裁判所に提出された。
 数名の原告の方から、その方が裁判所に提出した書面の写しを送っていただき、私も準備書面の一部を読ませていただいた。


1、準備書面の概要
原告17名が受けた被害を詳細に綴った準備書面
ページ数281ページ、厚さ3cmに及ぶ(写真はイメージ)
 被害実態をまとめた文書の内容は、「凄惨」と表現するのが最もふさわしい。私は文章を読み進めるのが辛くなり、涙が出そうになることも度々あった。それぞれの文章は被害者が神世界関係者の言葉巧みな勧誘によって神世界に足を踏み入れる場面から始まり、被害者がスタッフやサロン経営者が次々と発する、「神との取り引き」、「もっとよくなるためには」、「ここでやめたら元に戻ってしまう」などの脅しによって正常な判断力を奪われ、どんどん深みに引きずり込まれていく様子が神世界関係者が被害者に発した具体的な文言を交えて詳細に記述されており、被害者が、”神世界という蟻地獄”に飲み込まれ、全てを失っていく様子が非常にリアルに再現されている。
 一旦獲得した獲物(客)に対して、あたかも御霊光にはすごい力があるかのごとく偽り、客の弱点を巧みに探り出しては不安を煽り、次々と客から金を奪っていく神世界関係者の姿は、宿主(しゅくしゅ)に密着して栄養を吸い取る「寄生虫」の姿を彷彿とさせるものがある。


2、仕組まれた罠
 霊感商法の被害者に対して、「そんなものに騙される方も悪い」と発言される方もあるが、神世界被害の実態を詳細に綴ったこの文章を読めばそのような発言は間違いであることに気づく。正体を隠し、笑顔で言葉巧みに近づいてくる神世界から身を守る術はないと言っていい。
 私はこれまで4年余りにわたって神世界事件と係わってきた。その間に250名を超える神世界事件被害者から多くの情報を得ると供に、警察、弁護士、マスコミ関係者、心理学研究者などと意見を交わす機会もあり、神世界事件を多角的に見てきた。神世界事件は決して単純な詐欺事犯ではない。神世界による霊感商法がこれだけ大きな被害を及ぼすに至った背景には、周到に仕組まれた神世界の罠がある。
 神世界がどのような手口で多くの客から金を出させてきたかは、下記6の、「神世界の手口」をご覧いただきたいが、その手口の根本は「相手を不安にさせる」ことにある。
 神世界事件は人間の脳の仕組みを悪用し、人の心を巧みに操作することで成し得た犯罪だ。
 人間の脳はその特質として、極度に不安な状態に陥った際、その「解決策」を提示されると、「与えられた不安が真実なのか」という部分を無視してでも、提示された「解決策」を実行しないと、不安な精神状態が解除されなくなってしまう仕組みがある。脳は不安な状態に落とし込まれると、「アドレナリンによるストレスの排除衝動」が起き、この状態になるとどんな理屈も通用しなくなってしまう。この状態になった脳の前頭極は理性を抑え込んでしまい、「解決策」として示された「金を払う」ことしか自分が救われる道はないと思い込んでしまう。オレオレ詐欺によって多くの人があわてて金を振り込んでしまうのもこうした作用によるものであることが確認されている。
 神世界事件とは、こうした人間の心理を巧みに利用し、下記6の「神世界の手口」に示したような順序で徐々に相手の不安を煽り、不安を煽られた客は金を出すことしか解決の方法はないと思い込み、次々と神世界に金を出す結果となり、気づいた時には莫大な金が奪われてしまったのが神世界事件だ。


3、暴力を使わない犯罪
 暴力団による脅しは、大声を上げたり暴力によって相手を威圧して金品を巻き上げるので被害者も「脅された」と認識することができるが、神世界のやり方は大声も暴力も使わず、「虚言により誤信させ」、「更に不安を煽り」、「その不安から逃れるために客自らが金を出さねばならないと思わせる」という手法を使っているため、客は自分が脅されて金を巻き上げられたという認識を持たず、警察などに駆け込むことが非常に少ない。しかし実際には、神世界の客は神世界が仕組んだ罠に嵌り、暴力団の脅しより更に高度な脅しによって金を巻き上げられている。
 スタッフとして働かせられていた被害者が受けた被害は更に深刻だ。「客」ではなくなったスタッフに対しては執拗かつ暴力的な言葉で不安感、恐怖感を煽る行為を繰り返し、畏怖・誤信させられた心理状態にして神世界の奴隷としてこき使ってきた。あるサロンでスタッフをしていた女性は、「私は神世界に精神的監禁をされていたと思っている。特に幹部に対しては畏怖させられていた。手を挙げないから暴力ではないというものではない。当事者にとって苦痛を与えられたら言葉も視線も態度も暴力になる。日常的にそうした扱いを受けていた私や他のスタッフは幹部に対して非常に強い畏怖の念を抱いていた。最初はおだててうまくレールに乗せ、次にはどん底まで突き落とす行為を繰り返されると人間は自尊心を破壊され相手の言いなりになっていく。こうした手法を駆使して従うしかない状態に誘導するやり方は卑劣極まりない。表向きは軽やかな雰囲気を漂わせておきながら、サロンの中にはそうした悪意が埋め込まれていた」と述べている。

 神世界関係者が、「自分たちは絶対に捕まらない」と豪語する背景には、客に対して直接的な脅しや暴力を使っていないという自負があるからだろうが、この文章を読み進めれば彼らが何ら実態のない「御霊光」をあたかも効果のあるものであるかのように客に誤信させ、更に目に見えない「霊」や「神」を用いて客の不安を煽って巧妙に犯罪を重ねてきたことが明らかとなる。スタッフに対して大声で暴言を浴びせてきた行為は立派な言葉による暴力だ。神世界による犯罪は、人間が持つ不安に巧みに取り入り、その不安をことさら煽って金を巻き上げる極めて悪質な犯罪である。裁判長が281頁にわたるこの文書を熟読すれば、神世界の悪質さが十二分に理解され正しい結論を導き出すことになるだろう。
 神世界の被害に遭っていない人は、彼らに遭遇しなかったから被害に遭っていないだけであり、神世界の巧みな勧誘は誰でもが騙されるおそれがある非常に危険性が高いものであることがこの文章を読むことで改めて実感できる。


4、被害の共通性が意味するもの
 神世界では、客同士が、”横の連絡”をとることを制限されており、最初から友人同士や家族で通っていた者を除けば、客が互いに連絡を取り合うことは非常に希だった。そのため、原告になった被害者も自分以外の被害者については全く情報がなく、裁判が始まり、東京地裁に傍聴に行った時に初めて他の原告の存在を知ったのが実態だった。同じサロン内の客同士でもこうした状況であり、神世界系列のサロンであっても、”えんとらんす”、”びびっと”、”みろく”等、系列が違うサロンについての情報は客として通っていた時代には、そのような別系列のサロンが存在することすら知らなかった者が大半だった。そのため、一被害者が「ヒーリングサロンによる被害」のHPを見ても、そこに書かれている他系列に関する内容はちんぷんかんぷんの状態だった。
 被害者同士が横の連絡網を持たず、系列も異なるいわば、”バラバラの被害者”であるにも係わらず、被害者が述べている被害実態には驚くほどの共通性がある。一連の被害状況を綴った文章を読み進めると、どの被害者ほとんど同じ手口で次々と金を巻き上げられていることに驚きを禁じ得ない。もちろん個々の被害者によって細部の違いはあるが、被害者の弱点を錐で揉むようにして次々と金を出させて行く手法はどの被害者の事例においても共通している。弱い立場の女性を食い物にして次々と金を出させ、彼女たちの貴重な金と時間、労働力を奪い、彼女たちの人生を破壊していく神世界は「社会のダニ」だ。
 各サロン側は(有)神世界との関連を盛んに否定しているが、どの被害者も判で押したように似かよった被害を受けている実態を見れば、神世界トップが下した営業方針によって各サロンが共通の手口で客を誤信させ、畏怖の念を抱かせ、客から言葉巧みに金を巻き上げ、労働力を搾取してきたことは明らかだ。系列が違ってもやっていることが同じであることは、神世界の各サロンが発行した多数のチラシ類を見ても分かる。そのどれもが宗教性を秘匿し、同種の文言を並べている。神世界の犯罪は個々のサロンが独自に行ったものではなく、(有)神世界トップが各サロンに営業成績を競わせ、系統的に行われてきたものであることは明白だ。


5、論点のすり替え
 被告・神世界が裁判所に提出した準備書面によると、神世界側弁護士は、「神世界が行ってきたことは宗教的行為だ。”信教の自由”という観点からして、神世界が宗教的行為を行ってきたこと自体が違法だとは言えない。宗教的行為の内容が社会通念上許容される範囲内のものであったかが問われるべきだ。被告・神世界側には金銭収奪の目的はあり得ないのだから、宗教目的のための「手段の相当性」が争点となるはずだ。被告らが行った宗教的行為である、「御霊光」、「御祈願」、「神霊鑑定」、「御浄め」などの対価として金銭を原告らが支払ったことが社会通念上相当性の範囲内にあるかが争点だ」と述べているそうだ。

 「信教の自由」は憲法で保障された国民共通の権利であり、神世界が宗教行為を行うことに異議を唱えるものではない。しかし今回の損害賠償訴訟に於いて「信教の自由」を持ち出し、神世界が行ってきたことを正当化しようとするのは論点のすり替えでしかない。
 神世界は客を勧誘するに当たり、徹底した「宗教隠し」を行ってきた事実がある。私が実施したアンケートでは、回答者の93.5%が神世界側関係者から、「ここは宗教ではない。会社です」と言われている。神世界側弁護士は、「観音図があったり、神書という教典があるのだから客も宗教であると気づいていた筈だ」と推論を述べているが、被害者がそうした疑問を感じて神世界関係者に「ここは宗教なのか?」と問うた際、神世界関係者はことごとく宗教であることを否定し、「ここは宗教ではない。会社です」と回答してきた。
 被害者の85.5%「ここが宗教だと分かっていたらすぐに通うのを止めた」と回答しており、神世界被害がここまで拡大した大きな要因に「宗教隠し」があることは重要な点だ。「宗教」という前提を徹底して否定してきた神世界に対し、”宗教目的のための「手段の相当性」”を争点とすべきという神世界側弁護士の論理は冒頭から破綻している。

 よって、神世界側弁護士が主張している、「(神世界が被害者に対して行ってきた)宗教的行為の内容が社会通念上許容される範囲内のものであったかが問われるべきだ」と述べている点もきわめて論点がずれているということだ。被害者は神世界関係者の執拗な宗教隠しによって「ここは宗教ではない」と信じて通い続けてきた。被害者は自分が神世界から宗教的行為を受けてきたとは全く理解していないのであるから、神世界が行ってきた宗教的行為の内容について、それが社会通念上の許容範囲にあるか否かを論じても意味がない。

 神世界側弁護士はこの準備書面の中で、被告・神世界側には金銭収奪の目的はあり得ないのだからと断定しているが、神世界側弁護士は一体どこを見てこのようにとんでもない断定をしたのか? これは、悪事を働いて警察のご厄介になった我が子を前にして、「うちの子がそんな悪いことをする筈がない」とわめいているバカ親と一緒ではないか。これが法の下で真実を見きわめようとする弁護士の姿勢か! このように根拠のない断定は判官贔屓はんがんびいきを通り越してお笑い種(ぐさ)にしかならない。神世界事件を担当する弁護士として、事件の真相を明らかにするためには被告側の言い分だけを鵜呑みにするのではなく、原告らが受けた被害実態も精査する姿勢が神世界側弁護士にも求められるのではないか。神世界側弁護士は被害者達が受けた被害実態に敢えて意図的に目をつぶっているとしか思われない。今回裁判所に提出された281ページの準備書面を神世界側弁護士は真摯な姿勢で読み、神世界のサロンでどのようなことが行われてきたのかを改めて知るべきだ。原告らが受けた被害実態を見れば、神世界が金銭収奪を目的にして被害者から金を出させてきたことは明白だ。
 被告・神世界に金銭収奪の目的があったか否かは裁判で明らかになるであろうが、神世界側弁護士が何の根拠もなく、被告・神世界側には金銭収奪の目的はあり得ないと断定した発言をしたことには激しい怒りを感ずる。被告弁護士として被告を有利にせねばならない立場は理解できるが、それは事実をねじ曲げてまで行うべきものではない。弁護士法第一条には、「弁護士は基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」と書かれている。弁護士たる者、事実をねじ曲げるような発言は厳に慎むべきであり、被告を有利に導くため、敢えて真実に目をつぶる行為は社会正義を実現しようとする弁護士の基本から逸脱した行為だ。真に有能な弁護士とは、事実をねじ曲げるのが得意な人間のことではなく、事実に立脚した上で関係者の人権を守ることができる者が有能な弁護士だ。


6、神世界の手口

  1. 「ヒーリングサロン」という耳ざわりのよい名称で客を誘い込み、

  2. サロンを訪れた客をスタッフ達の笑顔と巧みな話術で囲い込み、

  3. サロンが客にとって居心地のよい場所であるかのような安心感を与え、

  4. その一方で、客に対してサロンに通うことで病状が改善した等とする「奇跡話」を針小棒大に吹き込み、

  5. サロンに通うことは客にとって有益であると客を誤信させ、

  6. 最初は「お試しリーリング」等と称して1,000円程度の少額の金を出させるだけであるが、

  7. 「続けて通わないと良い結果は得られない」と強調し、客に再来店を約束させ、

  8. 再来店した客には徐々に深いレベルでの誤信をさせては金を出させながら客の「品定め」を行い、

  9. 「この客は行ける」と判断すると「神」や「霊」の話を持ち出し、

  10. 「現状が改善されないのは先祖に問題がある」、

  11. 「あなたの周りには水子の霊が漂っている」、

  12. 「現状がよくないのはあなたの名前に問題がある」などと不安を煽り、

  13. 「このままではあなたは大変なことになる」等と告げてことさらに不安を煽り、

  14. 不安を煽られた客は極度に不安な状態に陥り、「与えられた不安が真実なのか」という部分を無視して、

  15. 「解決策」として提示された「御祈願」や「先祖供養」しか解決方法はないと思い込まされ、

  16. 高額な金を出してしまう。

  17. そのようにして高額な金を出してしまったことで後戻りできない心理状態になった客に対して、

  18. 神世界はここぞとばかりに更に不安を煽り、「更に高額な金を出せなければあなたは救われない」と誤信させ、

  19. 強度の不安に駆られた客は、数十万円、数百万円の金を次々と出してしまう結果となる。

  20. 金が十分出せない客には、

  21. 神世界のスタッフとして働き、新たな客を獲得することで、

  22. 金を出したのと同様の効果があると誤信させ、

  23. これまで客であった者を新たな神世界スタッフに仕立てあげ、

  24. 無償もしくは非常に低額な賃金で労基法違反になる長時間労働でこき使う。

  25. スタッフとして働かされることになった客は自分が救われたい一心で、

  26. 上記1から24までの行為をスタッフとして繰り返すことになる。

  27. こうして神世界被害は際限なく繰り返され、被害は拡大していった。


 神世界事件を解明するには、被害者が受けてきた被害実態をつぶさに検証し、なぜ被害者達はそのように金を出し続けてしまったのかを解き明かすことが大切だ。それは被告側弁護士にも求められる作業である。




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