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想像以上に不誠実な説明会 投稿者:いつもの通りすがり 投稿日:2006/07/30(Sun) 12:57 No.498

東戸塚建設の更新を拝見しましたが、秀明会側の不誠実な対応は想像以上のひどさでした。

その中で、気になった部分について感想を述べさせていただきます。

(1)献金の方針は教師一人一人違う → 各教師の行動は、他の教師は知ったことではない。

> 住:教Iさんは神慈秀明会の代表としてお話しされていると思うのですが
> 「先生によって異なる、私は知ったことじゃない」という発言をされるというのはいかがなものでしょうか?

やはりここが、今回の説明会で浮き彫りにされた、今回の建設以外のさまざまな秀明問題においても未解決の、とても核心をついた部分だと思います。

「過激な献金や布教は一部の教師が行っていたこと」
「我々はその状況を知らない」
と、説明会に来たI教師、T教師が説明しているわけです。
(ちなみに、I原教師、T戸教師とも、日本一過激な献金と布教を実際に行ってきた東京支部の元教師です。知らないなんてとうてい言える立場の人間ではありません)

今回、「東戸塚でそのような過激な布教や献金が行われるようになっても、神慈秀明会の代表として説明に来た教師は『私の知ったことではない』」と明言しています。
これは、神慈秀明会自体も「そんなことは知ったことではない」と明言しているのと同意です。


つまりこれは、東戸塚ではどのような布教や献金が行われるのかの保証が一切ない、神慈秀明会も一切保証しないということです。


神慈秀明会は、自分たちが雇っている教師が信徒に迷惑をかけたり、カルト的な行動をしたとしても、たとえば、建設された東戸塚の拠点に於いて、カルト的な布教や献金が行われたとしても、それは教師個人の問題であり、神慈秀明会としては、管理するつもりも、安全を保証をするつもりも、一切責任を取るつもりもないと、この説明会では間接的に明言しているのです。



(2)信者になってから考えたらいい

> 教I:「知ったことじゃない」ではなくそのような事実があるのであれば、私はそこまで知らない。
> 住:ということは、「そのような事実」を認めているわけで、そのようなことに対して住民は不安を覚えている。
> 教I:それは皆様方が信者になってから考えていただければ良い

もし「そんな事態になっても、(未信者のお前達には関係ないだろう)信者になってから考えたらいい」というわけですが、「信者の立場では、内部の問題点に対し、なんの解決改善も行えない」という、現役信者からの多くの証言があります。ていうか私も証言します。

神慈秀明会においては、教師、さらにはその上司からの言葉は絶対であり、反対をする者は邪神扱いで村八分になる文化だからです。

住民は、「地域」を守ろうとしています。「個人」を守るということならとっとと辞めてしまえばいいのですが、「地域」というのは、建設が行われたらもう後戻りが出来ません。一度建設が行われ、カルトがその地に根付かれたとき、時はすでに遅く、それを解決する方法がありません。信者の立場でも、未信者の立場でも存在しません。

だから、今、全力の反対運動が必要なのです。

(※)ちなみに、I原教師やT戸教師に強い影響を与えた橋○本元東京支部長は、「批判というものを、信者の立場で行うのはおかしい。非常識だ。批判は、未信者の立場で(つまり辞めて)行うべきものだ」と言っていました。これは、「信者になってから考えたらいい」と矛盾しています。では、批判をするためには、「一回信者になって、その後辞めたものだけが行える」とでもいうのでしょうか。でも一回信者になったものが、辞めて批判を始めた場合、その人は「邪神として村八分にする」という文化じゃないですか。



(3)プチ・マインドコントロール

神慈秀明会が「名簿を書かせること」「発言時に名前を言わせること」は、神慈秀明会東京支部の勉強会において、厳密に行われてきた姿でした。内部の信者に行う姿勢を、外部の未信者にも同じように行うという非常識な姿勢の現れです。

これは、威圧の目的もありますが、同時に、「自分たちが主、住民が従」である型を取ることで、参加者一人一人の脳にその上下意識を無意識にすり込もうとする目的があります。

その仕掛けが功を奏し、質問者はいつの間にか「建設反対をするための集会」が、「建設された後に困ったことがあったらどうしたらいいのか」という質問にずらされてしまい、それに気がついた住人から

> 住:皆さん、質問の趣旨が違いませんか?私たちはここに建てる事を反対するために来ています。
> これまでの質問では来る事(建てる事)を前提になっていませんか?私たちは上品濃に建ててもらっては困る

という発言が出た、という結果になってしまいます。これは、いつのまにか「秀明会との主従関係」が、会場の参加者の脳にすり込まれてしまったから起こったのだと思います。

参加した2人の教師は、なぜ橋○本元東京支部長がこのような姿勢で勉強会を行ってきたのか、その意味を理解して今回もマネをしたというわけではないと思いますが、神慈秀明会には、「本人は意識してマインドコントロールを行っているわけではないが、上の人がやっていることを下の人がマネすることで、結果的に組織的なマインドコントロールを行っているのと同じになる」という仕組みがあります。

神慈秀明会のマインドコントロールとは、「上の言葉には下の者は絶対に服従」という雰囲気作りのことです。まず、この「上位者に絶対服従」の文化を作り、その中に「良いこと、悪いこと、ちょっとだけ間違っていること、幹部がお金が儲かること」など、ごたまぜにして流すのが神慈秀明会です。だから、単純に「善である、悪である」と断言しにくいのです。

神慈秀明会は、今回この手法を、未信者である住民に対しても仕掛けてきました。その奥にある心は、「信者は上(善)、未信者は下(悪)」という意識です。今回説明会に出られた方は、その感覚を肌で感じられたのではないでしょうか。

もちろん、「信者は上(善)、未信者は下(悪)」と考える神慈秀明会は、東戸塚の拠点が建設された結果、住民にどのような迷惑がかかろうとも、「悪である未信者」の便宜を図ることはないでしょう。今回の説明会と同じように、「ごまかし」「はぐらかし」「適当に終わらせて」話を無かったことにしようとするでしょう。


秀明がこのままひかないと、これから反対運動は佳境に入っていきます。場合によっては松本以上の状態になるかもしれません。
しかし、神慈秀明会の全ての判断基準は「損得勘定」です。この建設を断行することで、十分な「損」があるように仕掛けを仕込んでいくことが、神慈秀明会の撤退を促すポイントになると思います。

いま、世間では、「韓国カルト摂理」という話題が持ち上げられています。残念ながら神慈秀明会は、ああいうわかりやすい社会悪ではありませんが、世間は「摂理報道」のお陰で、「カルト」という言葉に興味を持つ方向にむいていく可能性があります。そういう流れも利用し、ぜひ、この反対運動を成功に終わらせてください。そうなるように私も祈っています。

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